眠れないまま、朝が来る。
ほとんど休めていないのに、そこからまた一日が始まります。
あの絶望感。
やり場のない気持ち。
それが何日も続くと、何かをする気力もなくなり、もう全部投げ出したくなることもありました。
熱や怪我なら「今日は休みます」と言えるのに、眠れていないことは、なぜか人に言いにくい。
それでも朝になれば、仕事や家のこと、人との約束、その日にやらなければならないことが待っています。
眠れていなくても、日常はいつもどおり進んでいきます。
何日も眠れなかった頃、毎日が、こんなふうに続いていくように感じていました。
- 眠れないまま、一日が繰り返される
- つらくても、日常は止まってくれない
- 疲れた頭で、判断を続けなければならない
- 何とかしようとして、さらに眠る方法を探し続ける
なんとか夜までたどり着くと、今度は、
「今夜は眠れるだろうか」
が始まります。
「もう何も考えたくない」
「でも、明日のことを決めなければならない」
私は、眠れていない頭で、不眠の原因も、この先のことも、何とか決めようとしていました。
では、何日も眠れないとき、まず何を優先すればいいのでしょうか。
今の私が、当時の自分に最初に伝えたいのは、眠るための新しい方法ではありません。
まず、
「今、不安と自分が一体になっている」
ということに気づくことでした。
まず、不安と自分が一体になっていることに気づく
あの頃の自分に今、言葉をかけられるなら、
「今、不安と自分が一つになっているよ」
と伝えたいと思います。
「今夜も眠れないかもしれない」
「この状態がずっと続くかもしれない」
「仕事を続けられなくなるかもしれない」
そのときの私は、頭に浮かんだことを、これから本当に起きることのように受け取っていました。
不安になっている自分と、不安そのものが、ぴったり重なっていたのだと思います。
だから、考えれば考えるほど苦しくなる。
それでも、もっと考えれば答えが見つかる気がして、抜けられなくなっていました。
私は長い間、それを自分の性格のせいだと思っていました。
もっと気楽に考えられたらいいのに。
どうして私は、こんなに不安になるんだろう。
けれど、あとから学んだのは、不安になると危険を探し、この先に起こるかもしれないことまで考え続けるのは、私の性格だけの問題ではないということでした。
あとから「反芻(はんすう)」という脳の働きがあることを知りました。
不安になったことを、頭の中で何度も繰り返す。
答えを出そうとしているようで、
「今日も眠れないかもしれない」
「このまま何日も続いたらどうしよう」
「仕事を続けられなくなるかもしれない」
と、気づけば同じところへ戻っている。
私は長い間、それを自分の性格のせいだと思っていました。
もっと気楽に考えられたらいいのに。
どうして私は、こんなに不安になるんだろう。
けれど、眠れていないのだから、不安になるのも無理はなかった。
何とか危険を避けようとして、頭がこの先に起こるかもしれないことを、繰り返し確認していたのかもしれません。
そう考えると、不安になっている自分まで、さらに責めなくてもよかったのだと思います。
「このままずっと眠れない」
その考えの中にいるとき、それはもう、これから本当に起きることのように感じられます。
けれど、少し言葉を変えると、
「私は今、このまま眠れなかったらどうしようと考えている」
という状態でもありました。
私は眠れない。
このままずっと続く。
そう決まったのではなく、今、眠れていない頭が同じ未来を何度も見に行っている。
「また同じところを考えている」
「今、不安の中から先のことを決めようとしている」
あとから振り返ると、そう気づくことが、不安や思い込みと少し距離を取ることだったのだと思います。
不安が消れるわけではありません。
ただ、不安の中で、この先のすべてに答えを出さなくてもよくなる。
私にとっては、そのわずかな違いがありました。
不安は突然現れていたのではなく、その前には、まだ起きていない未来の予測や、自分なりの意味づけがありました。
「眠れなかったらどうしよう」という不安がどこから始まり、なぜ睡眠を見張る流れから抜けにくくなっていたのか。私の中で起きていたことを、こちらの記事で順番に整理しています。
▶︎ 不眠の不安が消えない理由|「眠れなかったらどうしよう」が強くなる構造
現実に背負っているものも、一つ減らす
不安と自分が一体になっていることに気づいても、仕事や予定など、現実に抱えているものがなくなるわけではありません。
何日も眠れなかった頃の私は、
どこか外国でもいいから、一人で行きたい。
何もしなくていい場所へ行きたい。
今の立場も、何も維持しなくてよかったら、少し楽になれるのではないか。
そんなことを考えていました。
本当に外国へ行きたかった、ということだけではなかったのだと思います。
仕事へ行くか決めなくていい。
家のことを考えなくていい。
誰かに迷惑をかけないように動かなくていい。
眠れていない頭で、今までと同じ生活を維持することから、いったん離れたかったのだと思います。
私の場合、一番大きな負担になっていたのは仕事でした。
仕事の前日になると緊張が強くなり、
「今夜眠れなかったら、明日はどうするのか」
という判断を毎晩繰り返していました。
私はその頃、仕事を1か月休ませてもらいました。
仕事を休んだから不眠が解決した、と単純には言えません。
ただ、「明日は仕事へ行けるだろうか」という毎晩の判断から、いったん離れることはできました。
誰にとっても、仕事を休むことが答えになるわけではありません。
下ろせるものも、人によって違います。
私があのとき必要としていたのは、眠る方法をさらに増やすことより、眠れていない自分が背負っているものを、これ以上増やさないことだったのだと思います。
一人の頭の中だけで抱えない
何日も眠れないと、考える力そのものが落ちていきます。
それでも私は、自分の状態を一人で何とかしようとしていました。
家族に話したからといって、不眠がすぐに解決したわけではありません。
ただ、
「明日はどうしよう」
「この先どうなってしまうんだろう」
という考えを、自分の頭の中だけに置いておかなくてよくなりました。
今の状態を誰かに知ってもらう。
自分一人では決められないことを、そのまま伝える。
もし、話せる人がいないなら、思いを紙に書くでも良いと思います。
それだけでも、自分の中で抱えていたものが少し外に出ることがありました。
眠れない状態が続き、日常生活に支障が出ているときは、家族だけでなく、医師などに今の状態を伝えることも必要になると思います。
薬を飲んでも眠れないときや、薬について迷っているときも、自分だけで増やしたり減らしたりせず、処方した医師に相談する。
その判断まで、眠れていない自分一人に背負わせなくてもよかったのだと思います。
ただ、当時の私にとっては、医師に相談すること自体が怖いことでもありました。
私自身、睡眠薬を飲んでも2〜3時間しか眠れず、
「薬を飲んでも眠れないのは、自分だけなのではないか」
と、一人で答えを探していた時期がありました。
医師に自分の状態をどこまで話してよいのか分からなかったことや、別の病院に通いながら、不眠や減薬について相談できる不眠相談員の方に出会ったときのことを、こちらの記事に書いています。
▶︎ 睡眠薬を飲んでも眠れないのは自分だけ?当時の私が探していた答え
眠るための努力を増やす前に
眠りは、「眠ろう」と力を入れて起こせるものではありません。
私の場合、眠ろうとすればするほど、
「今、眠れそうか」
「少しは落ち着いただろうか」
と、自分の状態を確認し続けていました。
眠るために何かをするたびに、その効果を確かめる。
眠れなければ、別の方法を探す。
そうしている間も、頭は眠りのことを考え続けていました。
今振り返ると、先に必要だったのは、眠る方法をさらに増やすことではありませんでした。
まず、
「今、不安と自分が一体になっている」
と気づくこと。
そして、今の自分が背負っているものの中に、いったん下ろせるものはないかを見ること。
一人で決められないことは、誰かに今の状態を伝えること。
不眠の原因も、この先の生活も、眠れていない頭で一度に決めなくてもよかったのだと思います。
「このままずっと眠れない」
それは、決まった未来ではなく、今の私が不安の中で考えていることでした。
あの頃の私に先に必要だったのは、答えを増やすことではなく、今抱えているものを少し減らすことだったのかもしれません。
