疲れているはずなのに、頭だけが休まらない夜があります。
明日の仕事のこと。
決めなければならないこと。
誰かに言われた一言。
眠れないことそのもの。
もう考えたくない。
早く頭を止めなきゃ。
そう思っているのに、気づくとまた同じところに戻っている。
私自身を振り返ると、そんな夜には、気になっていることを何とかしようとして、答えが出ないまま考え続ける流れがありました。
そこから離れるために必要だったのは、考えを完全に消すことではありませんでした。
答えが出ていないままでも、
「今日はここまで」
と区切り、頭の中に向いていた意識を、呼吸や体の感覚へ戻していくことでした。
この記事では、私が考え続ける状態から、少しずつ頭を休ませる方向へ戻っていた流れを書きます。
考え事が止まらないとき、頭の中で起きていたこと
寝る前に気になることが浮かぶと、私はそのままにしておけませんでした。
気になることが浮かぶ。
何とかしようと考え始める。
答えが出ないまま考え続ける。
頭がさらに冴えてくる。
眠れないことまで気になり始める。
考えている内容は毎回違っても、流れはよく似ていました。
当時の私は、答えが見つかれば安心して眠れると思っていました。
けれど、あとから振り返ると、答えが必要だったというより、答えが出ていないまま夜を終えることが落ち着かなかったのだと思います。
考えるのをやめたら、大事なことを見落とす気がする。
このままでいいのかな。
今のうちに考えたほうがいいんじゃないか。
何も決まっていないまま目を閉じるより、考え続けているほうが、問題に向き合っているようにも感じていました。
でも実際には、考えるほど答えに近づくとは限りませんでした。
一つのことを考えているうちに、別の心配が浮かぶ。
さらに考えて、何を決めたかったのかもわからなくなる。
頭は動き続けているのに、判断できることは少しずつ減っていきました。
考えを無理に消そうとしない
考え事が止まらないと、
「考えないようにしよう」
とします。
けれど、考えを消そうとすると、
「まだ考えている」
「止まったかな」
「早く頭を空っぽにしなきゃ」
と、考えが消えたかどうかを何度も確認することになります。
その確認もまた、頭を動かすことでした。
だから今の私は、考えが浮かんだこと自体を、何とかしようとはしていません。
考えが浮かんでいることと、その続きを考え続けることは、少し違います。
考えが残っていても、その先を追いかけないことはできる。
まずは、考えを完全に消すことから少し離れるようにしています。
考えてしまう今の自分を見る
次に私がするのは、
「なぜこんなことを考えるのだろう」
と原因をさらに掘ることではありません。
今の自分が、どういう状態にいるのかを短い言葉にします。
眠れない日が続いているなら、
眠れていなくて、頭もすっきりしていない。
今の状態なら、こう考えてしまうのも無理はない。
翌日に苦手な人と仕事をするなら、
明日のことが気になって、
今から身構えているんだな。
誰かに言われた言葉が引っかかっているなら、
あの言葉が気になって、
頭が意味を見つけようとしているんだな。
相手の本当の気持ちを突き止めるわけでも、明日のことをすべて決めるわけでもありません。
考えている内容の答えを探すのではなく、その手前にある自分の状態を、一度わかっておくような感じです。
その頃の私は、不安を感じているというより、もう不安そのものになっているような感覚でした。
必要だったのは、不安をすぐになくすことより、自分が今、その流れに巻き込まれていることに気づき直すことだったのかもしれません。
答えが出ていなくても「今日はここまで」と区切る
考えてしまうのも無理はない。
そこまで見たあとで、私は考える時間を区切ります。
でも、これを今ここで考え続けると、もっと頭が冴えてしまう。
今日はここまで。
続きは明日。
以前の私は、答えが出たら考えるのを終えられると思っていました。
けれど、夜に考え続けたからといって、納得できる答えが出るとは限りません。
むしろ私の場合は、考えるほど判断できることが減り、
「どうしたらいいのかわからない」
という感覚だけが大きくなることがありました。
そこで、答えが出たから終わるのではなく、夜だから終わる、と考えるようになりました。
続きは、昼の自分に任せよう。
これは、問題をなかったことにする言葉ではありません。
今夜の自分が、今すぐ答えを出さなければならない場所から、いったん降りるための言葉でした。
必要なら、気になっていることを短く紙に書くこともあります。
「あの言葉が気になっている」
「明日の仕事が不安」
「どちらにするかは明日考える」
きれいに整理しなくても、答えまで書かなくてもいい。
忘れたくないことだけ外に出して、紙の上に置いておきます。
区切ったあとに、また考えが戻ってくることもあります。
そのたびに、
「まだ考えている」
と自分を点検するのではなく、もう一度、
「今日はここまで」
と区切ります。
一度で完全に止めるための言葉ではなく、戻ってきた思考から、その都度少し離れるための言葉です。
頭の中から、呼吸や体の感覚へ戻る
考えることを区切ったあと、私は頭の中に向いていた意識を、呼吸や体の感覚へ移します。
頭がもう回らないほど疲れているときは、何をすればいいか選ぶことさえ負担になります。
もう考えたくない。
何を選べばいいのかもわからない。
そんなとき、私がいちばん使いやすかったのは呼吸でした。
口から細く、ゆっくり息を吐く。
苦しくないところまで吐いたら、鼻から自然に吸う。
そして、吸う息より少し長く吐く。
秒数を正確に数えるより、吐いている間に、肩やあごの力が少し抜けていく感じを見ていました。
「この呼吸で眠らなければ」
とは考えません。
呼吸の途中で、また明日のことを考え始める夜もありました。
それでも、考えの続きをしている時間の中に、息や体を感じる数秒が入ります。
その数秒だけ、頭は答えを出す仕事から離れています。
頭が冴える夜を繰り返していた頃
私は30年以上、不眠を経験してきました。
眠れなかった頃は、夜になると、どうしたら眠れるのかをずっと探していました。
今日の何がいけなかったのか。
何をすれば眠れるのか。
このまま眠れなかったら、明日はどうなるのか。
呼吸をしても、すぐに切り替わらない夜もありました。
そんなときは、温かい飲み物を口にしたり、マイクロカレントをつけたりしていました。
当時は、眠るためにしていると思っていたかもしれません。
でも今振り返ると、少し違います。
私に必要だったのは、眠らせてくれる何かというより、
「もうこれ以上、自分で自分を動かし続けなくてもいい」
と思えるものだったのかもしれません。
呼吸も、温かい飲み物も、マイクロカレントも、眠りを約束するものではありませんでした。
眠れない自分をまた点検するのをやめて、今夜はここまでにする。
私の場合は、そのために使っていたのだと思います。
今夜、答えが出ていなくても
寝る前に考え事が止まらないとき、私は考えを消そうとしていました。
でも、考えを消そうとするほど、
「まだ考えている」
という確認が増え、頭はさらに働き続けました。
少しずつ変わったのは、考えをなくそうとしたからではありません。
考えてしまう今の状態を見て、答えが出ていないままでも、
「今日はここまで」
と区切るようになってからでした。
問題はまだ残っている。
答えもまだ出ていない。
そのままでも、今夜の思考はここで終わりにする。
そして、頭の中に向いていた意識を、呼吸や体の感覚へ少し戻していく。
私がしていたのは、考えないようにすることではなく、夜のうちに答えまで出そうとする場所から、いったん降りることでした。
頭ではわかっていても、実際に考えが止まらない夜は、何から始めればいいのか選ぶことも難しくなります。
心がざわつくとき、考えが止まらないとき、夜中に目が覚めたとき。そのときの状態に合わせて、今夜使うものをひとつ選べるようにまとめたのが「夜の脳の暴走を静めるガイド」です。
状態別のチェックリストと、夜に迷わないための日中の準備、書き込めるミニワークを収録しています。
また、私の場合、不眠からの回復は、夜の対処だけで進んだものではありませんでした。
生活の土台を整えること。
自分の中で何が起きているのかを知ること。
人の目や完璧主義など、眠りの下にあったものに気づくこと。
私が眠りを取り戻すまでに通った流れを、段階ごとにまとめています。

