― 罪悪感が強くて決められないときの、ひとつの判断 ―
不眠が続いていると、
「休みたい」という気持ちと、
「でも休んじゃいけないんじゃないか」という考えが、
同時に浮かんできます。
本心は、たぶん休みたい。
それなのに、休むことに罪悪感がある。
この状態で、
休むか、休まないかを決めるのは、
正直かなりしんどいことです。
どっちを選んでも、
どこかに引っかかりが残る感じがする。
休めば、
「甘えているんじゃないか」
「周りにどう思われるんだろう」
という考えが出てくるし、
行けば、
「このまま続けて大丈夫なのかな」
「余計に悪くなるんじゃないか」
という不安が残る。
どちらかに決めようとしても、
すぐにもう一方の考えが出てきて、
また最初に戻ってしまう。
「まだ考えが足りないのかもしれない」
そんなふうに、
決めきれないまま、
同じところを行き来してしまうことがあります。
これは考えが足りないわけでも、
覚悟がないわけでもありません。
もう十分考えてきたからこそ、
これ以上判断が下りなくなっているだけだと思います。
私は、こう判断しています
私は、ここまで来ているなら、
正々堂々と休んであげていいと思っています。
それは、
楽を選ぶという意味ではありません。
逃げる、という意味でもありません。
むしろ、
この状態のまま無理を続けて、
負担をかけ続けるほうが、
あとから振り返ると
状態を悪くしてしまうことのほうが多い。
「休み=悪」
という前提があると、
休みたい気持ちそのものを
ずっと責め続けることになります。
でも、
不調が続いているときに休むことは、
甘えでも、逃げでもありません。
これ以上悪くしないための判断です。
だから、今日の判断はここでいい
休むという判断は、
「これで不眠がよくなる」
と先の結果まで決めるものではありません。
今日休んだあと、
明日どうなるかは分からない。
だから今日は、
先のことまでまとめて判断するのではなく、
今の自分に、これ以上負担をかけないかどうか。
そこまででいいのだと思います。
だから、もし「休む」を選んだなら、
その判断は、そこでいったん終わりにしていいと思います。
休んだあとに、
「やっぱり行けばよかったかもしれない」
「迷惑をかけたんじゃないか」
と、もう一度やり直すように考え続けてしまう。
体は休んでいても、頭の中では、
まだ判断が終わっていないのかもしれません。
「本当にこれでよかったのかな」
休むと決めたその日に、
正しかったかどうかまで確かめなくていい。
今日の判断は、
今日の自分の状態を見て決めたものです。
だから今日は、
その判断をいったん動かさずに置いておく。
私は、それでいいと思っています。
この記事では、
罪悪感が強くて決められないときの、
私なりの判断を置きました。
私自身が、眠れないことを
「仕事を休むほどの不調」として扱えなかった頃のことは、
別の記事に書いています。

