不安で眠れない夜に起きていたこと|「意味づけ」を知って見え方が変わった

不眠の悩み

不安で眠れなくなる夜があります。

夜中に目が覚める。

時計を見る。

もう一度眠れるだろうかと考える。

私も長い間、

そんな夜を繰り返していました。

当時は、

不安そのものが問題なのだと思っていました。

だから、

不安をなくそうとしていました。

安心できる答えを探す。

眠れる方法を探す。

考えないようにする。

でも、どれだけ考えても、

不安はなかなか小さくなりませんでした。

それどころか、

考えるほど、

この先もっと悪くなるような気がしていました。

そんなとき、

ある言葉を知りました。

「意味づけ」です。

その言葉を知ってから、

私が不安になるまでの流れが、

少し違って見えるようになりました。

アスリートのメンタルトレーニングで知った「意味づけ」

あるとき、

アスリートのメンタルトレーニングについて話している動画を見ました。

そこで聞いたのが、

人は目の前で起きた出来事に、

無意識に意味をつけているという話でした。

その言葉を聞いたとき、

私はかなり衝撃を受けました。

それまでの私は、

頭に浮かんだことを、

そのまま「今起きていること」だと思っていたからです。

夜中に目が覚める。

また眠れないかもしれないと思う。

明日は何もできないかもしれない。

不眠が悪化しているのかもしれない。

このまま治らないかもしれない。

私の中では、

このすべてが一つの出来事になっていました。

でも、「意味づけ」という言葉を知ってから、

途中に境目があることに気づきました。

今起きていることは、どこまでだろう

夜中に目が覚めた。

今、実際に起きていることは、

ここまでです。

けれど私は、

そこで終わらずに、

その先の続きを考えていました。

また眠れない。

明日は大変になる。

仕事ができなくなる。

また不眠が悪化する。

どうにかしなければ。

「夜中に目が覚めた」という一つの出来事から、

まだ起きていない未来まで、

頭の中で話が広がっていました。

夜中に目が覚めた。

また眠れないかもしれない。

明日は何もできないかもしれない。

また悪くなっているのかもしれない。

今のうちに何とかしなければ。

それまでの私には、

目が覚めたという事実と、

その先に自分がつけた意味の境目が、

ほとんど見えていませんでした。

まだ何も決まっていないのに、

頭の中で浮かんだ未来を、

すでに起きていることのように受け取っていたのです。

不安は、その先で大きくなっていた

以前の私は、

夜中に目が覚めたから、

不安になったのだと思っていました。

もちろん、

眠れないこと自体もつらいものでした。

でも振り返ると、

不安が大きくなっていたのは、

そのあとだったように思います。

明日は何もできない。

この状態が続く。

また悪くなっていく。

早く何とかしなければ。

一つ意味をつけると、

その意味に合う未来を、

さらに考え始める。

そして、

頭の中でつくった未来に対して、

また不安になっていました。

その頃には、

呼吸が浅くなり、

肩や首にも力が入っていました。

眠れるかどうかを何度も確認する。

どうすれば眠れるのかを考える。

頭は働き続けているのに、

身体は休む方向へ向かえない。

当時の私は、

不安をなくそうとしているつもりでした。

でも実際には、

意味づけを重ねることで、

不安になる理由を増やしていたのかもしれません。

「意味づけ」と気づくだけで、見え方が変わった

「意味づけ」を知ったからといって、

すぐに不安にならなくなったわけではありません。

夜中に目が覚めれば、

また眠れないかもしれないと思います。

明日のことも浮かびます。

以前と同じように、

このまま悪くなったらどうしようと考える夜もありました。

ただ、少しずつ、

途中で立ち止まることが増えました。

今、実際に起きていることは、

どこまでだろう。

その先に、

私はどんな意味をつけているのだろう。

そうやって見てみると、

夜中に目が覚めたことと、

この先ずっと眠れないことは、

同じではありませんでした。

明日つらいかもしれないことと、

明日は何もできないと決まったことも、

同じではありません。

私は、

起きた出来事を見ていたつもりで、

自分がその先につくった未来を見ていた。

そのことに、

少しずつ気づくようになりました。

「あ、また未来の中に入っていた」

不安になったとき、

私はときどき、

「あ、また未来の中に入っていた」

と思うようになりました。

それは、

未来を考えてはいけないという意味ではありません。

不安を打ち消すための言葉でもありませんでした。

ただ、

今起きていることと、

頭の中で考えていることを、

もう一度分けて見るための言葉でした。

夜中に目が覚めた。

眠れずに横になっている。

今起きていることは、ここまで。

また悪化する。

明日は何もできない。

このまま治らない。

それは、

今の私が頭の中で見ている未来かもしれない。

そう気づいても、

不安がすぐになくなるわけではありませんでした。

身体の緊張も、

すぐに解けるわけではありません。

ただ、

頭に浮かんだ未来と、

今起きていることを、

以前のようにすべて同じ場所へ置かなくなりました。

不安をなくすのではなく、流れを見る

以前の私は、

不安になったら、

その不安をなくそうとしていました。

安心できる答えを見つけなければ、

眠れないと思っていたからです。

でも「意味づけ」を知ってからは、

不安を消そうとする前に、

その不安がどこから大きくなっていったのかを、

見ることが増えました。

何かが起きた。

その先を考えた。

まだ起きていない未来に意味をつけた。

その未来を、

もう決まったことのように受け取った。

そして、

自分が想像した未来に不安になっていた。

以前は、

この流れそのものが見えていませんでした。

すぐに変わったわけではありません。

何度も巻き込まれました。

何度も、

頭の中で先の未来まで進みました。

それでも途中で、

「あ、今起きていることは、ここまでだった」

と気づく瞬間が、

少しずつ増えていきました。

私にとって「意味づけ」を知ることは、

不安をなくす方法ではありませんでした。

事実だと思っていたものの中に、

まだ起きていない未来が混ざっていた。

その境目を、

初めて見つけるための視点だったのだと思います。


次に読むなら

「今起きていることは、どこまでだろう」

そう見るようになってから、私は実際の生活の中でも、目の前の出来事から、頭の中でどこまで先へ進んでいるのかを見るようになりました。

たとえば、明日が仕事の夜。

「明日は仕事がある」という事実から、
「眠れなかったら明日が大変になる」
「今夜は眠らなければ」
と、まだ起きていない明日へ進み、焦っていることがありました。

その夜、自分の中で何が起きていたのかを、もう少し具体的に分けて見たことを、こちらに書いています。

明日仕事だと思うと眠れない夜に|「眠らなければ」と焦る前に起きていたこと

不安が広がる流れを、もう少し見たいとき

不安に巻き込まれていた構造
(不安の全体像はこちら)

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